目覚めるとは目覚めるべき人など誰もいないことを知る事です(シュリ・アンマ・バガヴァン)

このコーナーでは、好きな言葉、気になる言葉、思わずうなずいちゃう言葉、目から鱗のことば……、折々に取り上げたいと思います。

 

アンマ・バガヴァン_r

 

目覚めるとは目覚めるべき人など誰もいないことを知る事です(シュリ・アンマ・バガヴァン)

 

「シュリ・アンマ・バガヴァン」というのは固有名詞ではなく尊称であり、じっさいにこの言葉を語ったのはディクシャを広めたカルキの奥さんとされます。

ここでは彼女を慕う人たちにしたがって、その尊称のままご紹介をします。

 

 

さて、「目覚めるとは目覚めるべき人など誰もいないことを知る事です」──たしかにその言葉は真実でしょう。

非二元(ノンデュアリティ)を説く多くの先生方も、よく同じようなことを言います。

 

でも注意が必要です。

「目覚めるべき人など誰もいない」と思っている人が目覚めた人だとは限らないのです。

ちょうど、「犬が動物」だからといって、「動物が犬」とは限らないのと同じように。

 

 

ここで言われているのは、分離あるいは分別(ふんべつ)のことです。

分別というと、一般には「ものの道理をわきまえていること」であり、よいことだと言われているけれど、仏教では逆にこれが煩悩の原因だとされます。

 

たとえば、「敵」と「味方」。
争いごとの渦中にいるとき、人はそれを意識します。

でも、ほんとうは敵も味方もいません。
ただ、いろいろな人がいるだけです。
他人を敵と味方に分けているのは、争いの渦中にいる当事者だけです。

 

ここでは分かりやすく敵と味方と言いましたが、人が何かを見るときには多くの場合、無意識のうちにこのような区分けをしている……。
それが「分別」です。

 

 

では、他人を敵や味方に分けるという見方をしてはいけないのか?

 

──もしそうなら、サッカーも剣道もトランプも将棋もできなくなるでしょう。

 

つまり、分別は煩悩の原因であると同時に、人生を豊かにするだいじな道具ともなるのです。

さらに同じように、「目覚めるべき人など誰もいない」ということは真実であると同時に、でもやっぱり「目覚める」という体験はたしかにあるのです。

 

 

●<意識のめざめ>プログラム

 「幻想」の終わりと、新しい人生のはじまり

意識の使い方──拡げてみませんか?
数時間から数日のトレーニングで、だれでも「純粋意識」をマスターしていただけるプログラムです。

ただいま、初期ご優待割引価格にて受講生募集中です!
⇒ くわしくは、こちらをご覧ください。

 

 

★今月のスペシャル

 

私の活動の基本は「ライフカウンセリング」です。
よりよく生きていきたい。
何かを実現したい。
何かの問題を解決、解消したい。
──そんなお手伝いをします。

おひとりでも多くの方に、お試しをいただきたいと思い、
2-3月はスペシャルプライスで個人をセッションをさせていただきます。

 

⇒ くわしくは、こちらをご覧ください。

 

 

★その他、各種ワークショップ、イベントの詳細ご案内は ⇒ こちらをご覧ください

★個人セッション等のご案内は ⇒ こちらをご覧ください

★その他、お問合せは メールアドレス⇒ ishiki.design@gmail.com

 

+―+*☆*+―+*☆*+―+*☆*+―+*☆*+―+*☆*+―+

 

こちらでも、お目にかかれるとうれしいです!

●エッセー中心のメルマガ ⇒ http://life-alchemy.net/neo/usrctrl.php?mag_id=2

●まぐまぐ経由、情報提供系のメルマガ  ⇒ http://www.mag2.com/m/0000107876.html

●「意識デザイン」関連の気軽なエッセー   アメーバブログ『意識デザイン』  ⇒ http://ameblo.jp/hit-mat/
●松田仁のぶっちゃけ本音トーク  楽天ブログ『エピファニー』  ⇒ http://plaza.rakuten.co.jp/siriun/

●ツイッター  ⇒ http://twitter.com/hit_mat

 

よかったら、フェイスブックでも!

※友達申請をしていただく際には、「ブログを読んでます」とか何か一言メッセージをいただけると、こちらも安心して承認させていただくことができます^^

LINEで送る