熱いリクエストをいただいて

 

この連続ワークショップを主催してくださった小笠原和葉さんと知り合ったのは、もうかれこれ6,7年前のことになるでしょうか。

かずは_1共通の知り合いのイベントで何度かお目にかかったのがきっかけで、

それ以来彼女のボディワークを受けに行ったり、あるいは彼女が

ぼくのカウンセリングセッションを受けに来てくださったり……。

そんな和葉さんが主催する「宇宙塾」の1クラスとして、とても

とても熱いコールをいただいてカリキュラムを組んだのが、この

連続ワークショップ『<私>と<宇宙>のクエスト』。

以下、和葉さんが当時書いてくださった紹介文を引用させていただきます。

 

「タイトルについては
再検討いたしましょう。
たぶん
<わたし>
というのは
幻想である

という見方と向き合う作業は
避けて通れなくなるでしょうから。」

 

松田さんのすべてを出してください!
とお願いして始まったこの企画。

当初
「この宇宙で私を生きる」
という仮タイトルを考えていたところ
冒頭の松田さんからのリプライです。

 

わたし
という
げんそう?!

 

これは大変な事になる。

いいですかみなさま、

松田さん、
本気です。

 

だからまた言ってしまおう。

いや、
こう書いてあったので・・・
と言っていらっしゃる素直な方が多い事には驚きますが
そういう効果への期待ではなく
(期待はするけど!)
今回はいつにも増して力強く言いましょう。

いいから来いいいいいいいい!!!

 

 

<私>と<宇宙>を素敵にプレイするために

 

franz-von-stuck-orpheus その熱いリクエストにお応えして、この‘旅’がどこにどのように向かうことに
 なるのかも解らないままに、まずは「思い」だけで講座の案内文だけを一気に
 書き上げてしまいました。

 自分の文章というのは、後になって読み返すと照れくさかったりもするの

 ですが、こちらもあらためてご紹介しておきます。

 

 

<私>とは何か? 

<宇宙>とは何か? 

どうしたら<私>を、
そして<宇宙>を有意義に愉しむことができるか?

どうしたら<私>を、
そして<宇宙>を
究めることができるか?

それを知りたい。

そして、素敵にプレイしたい。

多くの人がいちどはそのようなことを考え、
そして何人かの人は一生探究しつづけます。

ぼくもまた、そうしたひとりです。

 

ぼくは主としてスピリチュアルという観点から、
このテーマに取り組んでいます。

「スピリチュアル」の魅力のひとつは目に見えない、
そして非論理的なアプローチによって
真実を探求するという点にあります。

目に見えない、
そして非論理的なアプローチがなぜ価値を持ちうるか?

それは、ひとえに「納得感」に尽きると思います。

 

スピリチュアルはしばしば、
<私>についてそして<宇宙>について、
他の方法では得ることのできなかった納得感──
「なるほど、そうだったのか」という気持ちを与えてくれます。

おそらく、その行きつくところは
「愛」と「叡智」と「美」
ということになるのではないでしょうか。

 

それらはしばしば目に見えない、
非論理的なアプローチが有効に作用する領域なのです。

じつは仕事にはしていませんが、
ぼくのもうひとつのライフワークは「アート」です。

ぼくにとっての「美」とは、
「調和」と「驚き(ワクワク、ドキドキ)」です。

一見相矛盾するこのふたつが交錯したとき、
そこに「美」が生まれる──
ぼくはそのように感じています。

 

<私>と<宇宙>に
「調和」と「驚き(ワクワク、ドキドキ)」を
見出すことができたとき、人は
「納得感」
を得ることができるのではないでしょうか。

「愛」と「叡智」のいずれにおいても、
「調和」と「驚き(ワクワク、ドキドキ)」
はだいじな要素です。

「調和」と「驚き(ワクワク、ドキドキ)」
を欠いていたら、おそらくそれは
「愛」や「叡智」とは
言えないのではないでしょうか。

 

ちなみに、
<私>が<私>自身について、
あるいは<宇宙>について
経験していることや考えていることと矛盾があったなら、
「納得感」を得ることはできません。

だから
「スピリチュアル」が真価を問われるのは、
どれくらい現実とマッチをしているか、
そしてどれくらい科学とマッチをしているか──
と言ってもよいと思います。

 

じっさいのところ、
現代の科学は惚れ惚れするほど魅力的です。

とくにここ2-30年ほどの
脳科学、宇宙物理学、情報科学の進化には
目覚ましいものがあります。

オジサンのぼくが
高校生のころに学んだ生物学や物理学の常識と、
現代におけるそれとは
もうすでに別のものだと言ってもよいくらいです。

もちろん専門的なレベルでそれを理解できる人は限られているでしょうが、
一般向けに解説をされた本などを読んでも、
ほんとうにワクワク、ドキドキさせられます。

そして、
「スピリチュアル」なアプローチをしているぼくもまた、
科学から深い「納得感」を得ています。

 

そんな風にして、
生身の自分の現実にもとづいた「納得感」を羅針盤に、
<スピリチュアル>-<アート>-<科学>を行ったり来たりしながら、
<私>と<宇宙>を探究する……、
そういう試みにチャレンジしてみたいと思います。

 

 

記念すべき第1回目のテーマは

 

というような次第でスタートすることになった、宇宙塾『<私>と<宇宙>のクエスト』。

主催の和葉さんから、「ぜんぶで何回くらいになりすか? 私は永遠にやっていただいてかまいませんが」とおっしゃってくださったのですが、じっさいのところぼくとしてもまったく手探りの試み。

あらかじめ頭の中にあるものをプレゼンテーションするとか、そういうわけではないので、先のことはまったくわからないまま「とりあえず、ぜんぶで10回ということはないと思います」とお答えしたら、「じゃあ、9回でお願いします」とのこと(笑)。

 

何はともあれ、まずは第1回目から(当たり前か;汗)

まずは、このシリーズをやっていくうえでのもっとも基本となる大前提について、みなさんと共有しておく必要がある。


シリーズでは、仏教やスピリチュアル、脳科学や生物学、物理学に至るまで──ぼくがおもしろいなと思っているネタをベースに、ただの「お勉強」ではなく、おひとりおひとりがご自身の「<私>と<宇宙>」を探求していただくための機会を提供する……ことを目的としています。

detective-work-600x400だから、それにあたって、なるべくダイナミックに、

そして自由で可能性に満ちた道を歩みたい──

そのためには、自分自身の<知性>と<感性>の

あり方と使い方を知っておいたほうがいい。

そんな思いから、まずは「‘知る’ということについて」、
みなさんに問題意識を投げかけてみることにしました。

以下が、第1回目のご案内に際して書いた告知文です。

 

まず第1回目。

テーマは「‘知る’ということについて」

「スピリチュアル」なことをやっていると、
「~が見える/見えない」
「感じる/感じない」
みたいな行き違いが少なくありません。

何せ、目に見えない、
非論理的なアプローチですから。

 

また現代の科学では、
しばしばぼくたちが常識的に「○○だ」と思っていることが、
じっさいにはそうではないと測定をされたり、
証明までされちゃったりします。

 

ぼくたちが
「‘知っている’と思っている」
ことって何だろう?

そもそも「知る」ってどういうことなんだろう?

 

たぶん、この企画の中でも
もっとも根源的なテーマでもあるし、
それから今後の探究を続けていうえでの土台ともなることです。

少々(どころか、かなーり)マニアックな試みではありますが、
もしよかったらいっしょに探究をしてみませんか?

 

 

そして、衝撃のワークショップがはじまった!(笑)

 

surprisedcat 今回公開をするのが、そのときの映像です。

 参加者のお顔は映らないように配慮はしていますが、それでも
 明らかに戸惑っていらっしゃる方も何人かいらっしゃる様子が
 伝わってくるかと思います(笑)

 たぶん、何かのわかりやすい答えを求めていらした方は、

 混乱をなされたかもしれません。
「”答え”を見つけて安心をする」ことは、「真実を生きること」とは別のことです。
その意味で、このワークショップは「”答え”を見つけて安心しない」ためのものだったといってもよいでしょう。後に、「衝撃でした」とご感想をいただいた第1回ワークショップの内容をご紹介します!

 

<コンテンツ>

■#1-1: もし、神さまがいるとしたら? いないとしたら?

「神さまがいるかいないか」という話ではありません。いると考えても、いないと考えても、じつはたくさんの問題が出てくる──そんな問題提起を通して、「いる/いない」「正しい/間違い」という発想の限界を指摘します。

 

■#1-2: もし、神さまがいるとしたら? いないとしたら?(つづき)

「神さまには身体があるのか?」という問いかけからはじめて、私たちの考えや感覚、感情は、身体的経験によって左右されているということを説明します。

 

■#2: 「科学的に正しい」とはどういうことか?
多くの人は、科学的に立証されたことは正しいと思っています。けれども、じっさいには「科学」も「立証」にも「正しさ」もその根拠ははなはだ曖昧なものである、ということを確認します。


■#3: 自分の感覚はどこまで真実か?

私たちが自分が見聞きしたものは真実だと思いがちです。けれども、じっさいには錯覚や勘違いも多々あります。どうしてなのか? それは、私たちが経験している世界は、私たちの脳がつくったものだから──ということを実験で確かめます。


■#4: 「モデル」という考え方

この日のテーマ=「モデル」という考え方をご紹介します。


■#5: 「私」というモデル

自分が「私」と考えている存在もまた、ひとつの「モデル」であるということを説明します。「神」と同様、「私」もまたいるかいないかは解らないのです。たとえ、それがどんなに生々しく感じられたとしても、脳がつくった思考や感覚であることに変わりはありません。


■#6: 意識の磁場

「モデル」という考え方とよく似たものとして、「意識の磁場」という考え方を紹介します。ある意味で、私=松田仁がお伝えするすべての基本はここにあるといっても過言ではありません。


■#7: 世界I・世界II・世界III

「意識の磁場」に関連して、科学哲学の巨人カール・ポパーの提案する概念「世界I・世界II・世界III」について説明します。これは、スピリチュアルでいう「物質界・アストラル界・メンタル界」に対応します。


■#8: 質疑応答

参加者からの質疑応答。セラピーについて、食べるということについて、しっくり感を手がかりにするということ、人生の目的について考えること、ユニバーサルであるということ……等々について語ります。

 

 

 

鍵は「モデル論」

 

この第1回目のワークで、ぼくがご提案をしたのは「モデル論」という考え方です。
科学哲学では基本とされている考え方なのですが。

 

科学者が「何かが実在する」とか「科学的な事実」だとか「正しい」とか言うとき、何を根拠にしたらいいか……、まぁ、そういうことを考えるわけです。
じゃないと、「私はこう思う」「いや、ぼくはそう思わない」というところで話が止まっちゃうから。

 

「モデル論」というのは、ぼくたちが何かを考えたり、しゃべったりするときに、それが「実在している」とか「真実である」とか、そういうことは脇に置いておきましょう──ということです。

ぼくたちが考えていること、あるいは感じていることというのは、ぼくたちが頭のなかでつくった情報です。
つまり、「モデル」。

 

内視鏡手術たとえば内視鏡手術をするときに、お医者さんはモニター画面を
見ながらレバーを動かします。

お医者さんは、直接患部を見ているわけではないし、直接メスを

動かしているわけでもありません。

 

ぼくたちの経験も、基本的には脳が土台になっています。
ぼくたちが何かを見たり、何かのアクションをしたりするときに、じっさいには脳が反応をして、そこに何かを見たと感じたり、自分が直接何かにはたらきかけているように感じているだけです。

ちょうど、内視鏡手術のお医者さんのように。

 

今回のワークショップの中では、脳が現実にはない映像をつくりだす……というか、ぼくたちが見ている世界は、じつは脳が創作をしたものだ、ということをかんたんな実験でみなさんにも確かめていただきます。

 

頭の外に何かの世界が実在しているかどうか、それが本当なのかというようなことは誰にも判らない。
何かあるのかもしれないし、ないのかもしれないし、ほんとうはあるのだけれど実はぼくたちが考えているのとはまったく別の形なのかもしれないけれど、そこのところでは議論はしない。

 

ぼくたちが確かめることのできるのは、モデルの妥当性だけです。
つまり、モニター画面やレバーがどれくらい適切か、ということ。

つまり、じっさいの経験とのあいだに矛盾がないか?
他のモデルと、どれくらい整合性がとれているか?
そのモデルを採用することによって、人生がうまくいくか?
そして、幸せな気持ちになれるか?
そのモデルを採用しない人とも、仲よく暮らしていけるか?
 ……

「実在している」とか「真実である」とか、そういうことでは議論はしないんです。
それは議論することではなくて、経験することだから。

──このような考え方、感じ方がはじめての人は少し戸惑われるかもしれないけれど、たぶんこれは科学的探究をするときだけでなく、人生すべてにおいて有効なのではないかな。

 

GOD!!!! そんな風にぼくは考えているので、まずはおもしろおかしく、
 このテーマを取り上げてみることにしました。

 タイトルの「神はコンビニの前で不快感を感じるか?」は、
 ワークショップで取りあげた題材から、主催者の小笠原和葉さんが
 つけてくださったネーミングです^^

 

 

<ナビゲーター>  松田 仁 (まつだ ひとし)

IMG_84744_R-199x3001958年 名古屋市生まれ。

株式会社エム 代表取締役
ライフアルケミー主宰

高校時代の体外離脱体験を機に、日常的な感覚を超えた世界に目覚める。
高野山大学に進み、密教学、宗教学を学びつつ、修行の道に入る。
その後、ヨーガ、瞑想、神道修行、占星術、タロット、ヒーリング、チャネリング、
魔術、超古代文明研究、ユダヤ研究、宇宙情報研究……など、手当たり次第。
大学卒業後、金融機関に就職し、7年間、お金と人間と社会のしくみについて学ぶ。
その後独立をし、会社経営のかたわら、「自己超越」と「現実創造」に関する探求を
つづける。

2003年ごろより意識がシフトしはじめ、現在は企業に対するコンサルティング、個人に対するカウンセリング、エネルギーワーク、各種ワークショップ講師として活動。
ここ数年は、とくに自己存在と人生に変容を起こす「ライフアルケミー」を提唱。

刊行物にムック『天使が叶えてくれる<新月のお願い>決定版──ピンクの紙でどんどん願いが叶う!』(シンコーミュージック・エンターテイメント)、CD『ミラクル・ブレス」(ウォーブル)、DVD『12の印』(Amazonほか)、ダウンロード専用映像『トートタロット数秘術』(VOICEブックス)ほか。

 

 

パソコン、スマートホンから視聴できるインターネット動画

 (全137分 視聴期間3ヶ月=ダウンロード可)

※ホワイトバランスが若干黄色みがかっています。
視聴に支障はありませんが、ご容赦ください。 

 

いつでも、どこでも何度でも! 細切れ視聴も可能なセクション別編集! 

→ 特別価格  5,400円! (本体5,000円+消費税400円)

 garantee30

 

<お申し込み手順>

payment_flow

 

 <私>と<宇宙>のクエスト

第1回配信『神はコンビニの前で不快感を感じるか?』
──「モデル」という考え方

※ご利用の機器等によって、まれに申込フォームがうまく作動しないことがあります。

 その場合は、下記あてに直接メールアドレスとお名前をお知らせください。
 mailto: ishiki.design@gmail.com 

 

代金の振込先

みずほ銀行 武蔵小杉(ムサシコスギ)支店 普通1694807

口座名義:株式会社エム(カブシキガイシャエム)

    ※振込手数料はお客様のご負担にてお願いします。

 

 

 Presented by    意識デザイン    (株式会社エム)

プライバシーポリシー │ 特定商取引法に基づく表記 │ お問い合わせ

Copyright © Ishiki-Design. All rights reserved. 

LINEで送る